ザバダーニは、ダマスカスから北東へ車で1時間から1時間半のところ、レバノン国境近くのアンチレバノン山脈のなかにあるリゾート地です。
歴史的な
ヒジャーズ鉄道の起点であるヒジャーズ駅から、毎週金曜日(休日)の朝、歴史的な列車がザバダーニに向かい、午後ザバダーニからダマスカスへ戻ります。
ヒジャーズ鉄道は、オスマントルコ帝国時代、ヒジャーズ地方(現サウジアラビア領内)にあるメッカへ行く巡礼を運ぶのを主な目的として20世紀初頭にドイツの援助で建設されました(軍事的目的もあったことは明らかです)。この鉄道は、第一次大戦中イギリス軍とアラブ・ゲリラによって徹底的に破壊され、もう1世紀近く放置されています。
起点であるダマスカスのヒジャーズ駅からは、南に向かう線路のほか、もうひとつの線路がザバダーニへ向かいます。当時から、ザバダーニが高級避暑地であったためと思われます。
ザバダーニへ向かう列車は「シャルキー・サリー」(東の快速号)と呼ばれます。開通当時は快速だったのでしょうが、自動車で1時間余りのところまで4時間半かかります。今では「カタツムリ号」といった感じです。
ヒジャーズ駅の外観
建造時代も近いので、イスタンブールにあるオリエント急行の終着駅と似た雰囲気があります。ヒジャーズ駅は、もう通常の駅としては使われていませんが、記念館として公開されています。
ホームには、当時の列車が展示されています。この列車がザバダーニへ向かうわけではありません。ダマスカスの友達に誘われて一緒に出掛けた金曜日、ホームに入ってきたのは、息も絶え絶え、つつけば分解しそうな列車でした。
車両の中も、本当に「歴史的」。当然のこと?ながら、トイレも車内販売もありません。
マイサルーンのところでも紹介した写真ですが、列車は、砂漠の中を帯状に伸びるオアシスのようなバラダ渓谷に沿って、ゆっくり、ゆっくり進んで行きます。
途中の駅のひとつ。テキエとも読めるので、修道院か何かあるのか、あったのか?
車内販売もないので、ガスボンベ持参の人がコーヒーをいれていました。
タイムマシンで100年前に戻ったような走行風景
漸くザバダーニ駅に到着した「東の快速」号
高級避暑地で、湾岸諸国の人たちがバカンスを過ごします。私たちが行ったのはダマスカスで45度くらいの夏の最中でしたが、ザバダーニはどうやら30度台で、やや肌寒く感じました。
この旅で困ったのはトイレ。列車は時々止まったりしましたが(列車の息切れのためか?)、短時間で、しかも周囲には何もありません。何しろトイレの近いタチなので、トイレ休憩の停車前に、もう極限状態に(>.<)・・・満員の車両をオロオロ行ったり来たり、車掌らしい人物も「トイレ停車を待て」と言うだけ。
ところが、何故か一時停車したところに、民家が幾つか並んでいました。列車を見にきた子供たちの一人が、私の窮状を察したらしく「ウチはそこだよ」と教えてくれ、機関士に待っててくれと言い渡して、その子の家へ駆け込み、一安心\(^o^)/
車中をウロウロして発見したのは、物好きな外国からの旅行者らしい乗客は、ほんの数人だったこと。他の乗客はすべて、このカタツムリ列車を楽しむ?土地者ばかりでした。
帰りも列車を使うと夜になってしまうので、帰りはマイクロバスに乗り、あっという間にダマスカスに帰り着きました。
観光局でも、この列車を観光アトラクションにしようという意図は無いらしく、ネット情報にも、この列車を紹介したものはありません(T.T)